ミッコは二塁凧・牛込の油商人 であった青山家の三女として生ま れ、一八の時にハンガリーオース トリア代理大使であったハインリ ッヒと恋に落ち、両家の反対を押 し切って結婚し、伯爵夫人となり ました。 約一○○年前にミッコは、夫の 故郷であるボヘミアに嫁ぎ、その 後七人の子供を生みました。リヒ ャルトは、著書の中で「母は、日 本の着物を着ている時が最も美し かった。ガラス箱に入っていた私 たちの好きな日本人形のどれかに 似ていた」と記しています。 また、リヒャルトは「母は五○ 年間に、極めて数奇な役割を演じ なければならなかった。ある時は 柔順な娘として、ある時は愛情深 い母親として、ある時は上流階級 の夫人としての生活であった。し かし、一九○六年に父が急死して から、それまでやざしかった母の 性格が一変した」